本賞  渡辺 優

 

 

 

スュランの魅力、神秘主義の魅力

 

 歴代の受賞者には尊敬する研究者も数多く、そこに名を連ねるということについては、喜びにもまさって、この身の引き締まる思いがしております。さらなる精進を誓うとともに、これまで私の研究を支えてくださった多くの方々に改めて心より感謝いたします。

 スュランという人物については、ポーランド映画の名作『尼僧ヨアンナ』や、A. ハクスリーの歴史小説『ルダンの悪魔』などを通じて耳にしたことがあるという方はいるかもしれません。いずれにせよ、「知る人ぞ知る」という程度には知られている彼の名は、17世紀フランスに起こった「ルダンの悪魔憑き事件」において、エクソシストとして修道女の悪魔祓いに傾注した果てに自らが悪魔に憑かれてしまうという、俄かには信じがたい出来事の主人公として認識されてきました。

 しかし、私の研究の主眼は、むしろその後の彼の歩みに置かれています。悪魔憑き体験以後のスュランの霊的道程――彼は、15年とも20年ともいわれる「魂の暗夜」の試煉を抜けた後、故郷ボルドー周辺の農村地帯で司牧と宣教に奔走します――を辿りなおすことで、センセーショナルな「体験」に目を奪われがちであった従来の見方を問いなおし、スュラン理解を刷新すること。これが本書の第一の目論見でありました。

 ところが、この試みは、たんにスュランという一人物の評価を再考することにはとどまりませんでした。それはそのまま、「神秘体験」をその中心に据えてきた従来の「神秘主義」理解、あるいは「宗教」理解を問いなおすことにも繋がっていったからです。圧倒的な現前の体験をその身に被ったスュランですが、彼はむしろ、一切の体験が去っていってしまった後に到来した境涯、暗く、曖昧で、漠然とした「信仰の状態」に、闇に宿る神を求めて恋い焦がれ、彷徨う魂の幸い(un heureux naufrage)を見いだし、言祝いだのでした。

 近世の神秘家たちの言葉に、現代にも通じる「信の言葉」の響きを聞いてみたいというのが、これまでもこれからも私の願いです。近世の神秘家たちは、もはや中世のような安定した宗教的権威や伝統の基盤がないところで、それでもなお神を語ろうとした者たちだった。そのように言えるとすれば、近世神秘主義が提起する問いは、20世紀以降、「神の不在」や「宗教離れ」が叫ばれるなか、それでもなお信じるということはいかにしてありうるかという、現代宗教思想の根源的問いとも交錯してくるはずだと考えています。

 

 

 

 

 

 

奨励賞  宮下雄一郎

 

 

 

政治学と歴史―第二次世界大戦期の「フランス」

 

 この度、渋沢・クローデル賞奨励賞を賜り、公益財団法人日仏会館、共催されている読売新聞社、そして私を支えてくださる多くの方々に御礼申し上げます。

 本書の基層には、正統性と国際秩序という政治学の範疇に属する問題意識がありますが、歴史学の方法論によって議論を展開しました。

 19406月、フランスは早々と敗れ、フィリップ・ペタン元帥を首班とするヴィシー政府に加え、その正統性を否定するシャルル・ド・ゴール将軍率いる自由フランスが誕生しました。「フランス」という括弧つきの国際政治アクターに引き裂かれたのです。ド・ゴールは敗北の屈辱を払拭し、大国の地位を回復することを目指しました。そのために戦後に夢を託し、第一にフランスを代表する「正統なアクター」としての地位をヴィシー政府から奪取し、第二に連合国の戦後国際秩序の構築に向けた動きに関与し、その秩序の中での大国再興を目指しました。

 本書が力点を置いた国際秩序構想をめぐっては、その内容のみならず、それをどれだけ現実化させることができるかという点に政治力学が垣間見えます。ド・ゴール等は、ベルギーなどとの関税同盟を軸とした「西ヨーロッパ統合」構想や、大国との同盟によって秩序を構築する「二国間条約網」の構築を追求しました。しかし、構想は理想でもあり、それを実現させることは容易ではありません。大国間の権力政治にフランスも巻き込まれました。戦後に向けた議論を主導したアメリカは、フランスが追求したいずれの構想でもなく、国際連合へとつながる普遍的国際機構構想の実現を目指し、地域統合構想には批判的でした。

 自らの理想が実現できないときへの対応に、国際政治アクターの「外交力」がみられます。フランスは、「西ヨーロッパ統合」構想を放棄し、普遍的国際機構構想のなかで「二国間条約網」構想を残すことに尽力しました。国際連盟の機能不全を経験したフランスはその後継機構に懐疑的でした。しかし、「二国間条約網」はイギリスやソ連との軍事協力によって秩序を維持するという大国間協調主義に基づく構想でもあったのです。これは「五大国」の優位を前提とした国際連合にも通じるものであり、フランスはいち早くこの構想に順応することで大国の地位を再興する道を選択したのです。「独自外交」というイメージの強いフランスであり、ド・ゴールですが、極めて柔軟に対応したことで大国としての地位を取り戻したことが見えてきます。

 今後も政治学と歴史学の双方に目配せしながら国際関係論の研究に邁進していく所存です。引き続きご指導賜りたく、何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 

 

フランス側渋沢・クローデル賞  アルノ・グリヴォ

 

 

 

政官関係から代表民主主義を再考する

 

 この度渋沢・クローデル賞を頂き、誠にありがとうございました。まず、この賞の受賞者で私の指導教員であるエリク・セズレ先生や神戸大学に留学をしていた間に大変貴重なアドバイスをくださった阪野智一先生にお礼申し上げます。そして、博士論文の執筆作業に苦戦していた際に、日常的に支えてくれた家族や友達を心より感謝します。

 日本の政治・法律に関心を持つようになったのは法学部を卒業した後、パリ第7大学の日本語学科に編入したほぼ10年前のことです。修士論文は当時の「ねじれ国会」について書き、博士課程に進学したのはちょうど政権交代が起きた直後でした。当時民主党が「政治主導」や「脱官僚依存」などを掲げていたように、今までの日本政治は所詮官僚に牛耳られており、民主主義に反しているという批判が強かったです。実は、そういった「政官関係」を主題にした研究は日本のみならず、英国、米国、フランスにも数多くあります。その中で、本論文で特に焦点を当てたのは、政治主導を追及し、1990年代から導入された様々な政治・行政改革が行われた以降の政官関係の変容です。換言すれば、同改革によって政策の決定過程において政府がリーダーシップを発揮することに成功したのか、そして政治家と官僚は行動様式を変えたのかという問いに答えようとしました。

 紙幅の都合上、本研究から生み出された多様な結論を二点にまとめさていただきます。第一に、1990年代以降の政治システムにおいてみられる変化は、確かに改革なくしては実現できなかったけれど、改革は必須条件であっても十分条件ではではありませんでした。つまり、改革は単なる道具に過ぎず、それを上手く使いこなす大工(=政治家)もいれば、そうでない大工もいます。そして、使いやすい政治的環境もあれば、そうでない場合もあります。要するに、政治主導の確立には制度改革以外の、多種多様な要因を配慮すべきだと実証しました。

第二に、政治システムの変化を理解するには「政 対 官」という図式から脱出する必要があることです。「政治家=改革派」・「官僚=抵抗勢力」というポピュリズムに寄った単純すぎる考え方は誤っており、政府が「改革派官僚」と協働することで与党議員の抵抗を乗り越えることすらあるからです。

 今回の受賞を励みとし、博士論文を出版できるよう力を尽くし、研究者の道を歩み続けられるように頑張って参りたいと思います。